パリ、オルセー美術館のピカソ特別展:BLUE AND ROSE

 

 

PICASSO: BLUE AND ROSE

フランス語表記 : "Picasso. Bleu et Rose"

営業時間 : 2018年9月18日~2019年1月6日、月曜以外は毎日  9:30-18:00 (木曜は21:45まで営業)

住所 : Orsay Museum  1 rue de la Légion d'Honneur 75007 Paris 

アクセス :  RER C線  Musée d'Orsay駅、メトロ 12番線  Solférino駅

料金 : 大人11ユーロ、 18歳以下は無料、毎月第一日曜は無料

詳細はこちらから確認できます。

 

INTRO

「Picasso: Bleu et Rose」はオルセー美術館とパリ国立ピカソ美術館によって企画された特別展です。9月18日から開催されており、連日見に来る人は途絶えません。この大規模な特別展は、ピカソの15万点あるとも言われる数々の作品の中でも特に青の時代、バラ色の時代に焦点を当てています。

パブロ・ピカソ(1881年10月25日 - 1973年4月8日)は20世紀最大のモダンアートを代表する画家です。彫刻や陶器などと広い幅で4万点以上もの作品を生み出しました。アーティストの家庭に生まれ、芸術の先生であった父親に影響されて後に高等教育を受けました。若いころから既に名は知られ、彼の美術作品は当時から既にかなりの高値で売られていました。生前から既に、自らの作品がルーヴル美術館に置かれることを既に望んでおり、その望みは間もなく叶うことになりました。

 

ATMOSPHERE 

ピカソの特別展ともなれば言うまでもなく多くの人が訪れますが、作品の目の前に立ち止まって占領してしまわないなどの気遣いが感じられる空気感でした。作品の説明はルーヴル美術館とは異なり英語でもあるので安心です。

 

"Wait" (L'attente <Margot>, 1901)

ピカソの芸術における功績に加えて、彼は多くの女性との関係性を持っていました。若いころは感情の波に長く苦しみ、自分のもろさや執着心に悩んだと言います。1900年にはピカソは友人のカサへマスとパリへ行き、心を通わせる親友になりました。そしてピカソはこの四年後に起こる親友の死によって、乗り越えることのできない悲しみに暮れることになります。

1901年から1904年はピカソの青青の時代と呼ばれます。ピカソは「カサへマスの死によって、僕は青を使い始めるようになった。」と言っています。カサへマスはある女性と恋に落ちますが、その思いは受け入れられず、悲しみの果てに自殺へと自分を追い込むことになります。そして自殺による親友の死への悲しみを忘れるためにピカソは自らの芸術を創ることに没頭するようになります。これがピカソの青青の時代の始まりです。冷たく憂鬱な青、緑、灰色の色使いが多く、主題としては娼婦や猿、アクロバット、貧困な人々などを描いていました。そこに描かれるものはすべて痩せ細り、寂しく、人々に憂鬱な印象を与えます。

 

La Mort de Casagemas (1901)

カサへマスが自分のこめかみを撃って命を絶ち、キャンドルの横で棺桶に横たえられた姿を描いた作品。

ピカソはこの青の時代の間は、バルセロナとパリを行き来しながら非常に暗い貧しい生活を送っていました。そこでピカソは詩人マックス・ジェイコブと知り合い同居するようになります。小さな家だったためベッドは一つしかありませんでした。ジェイコブが仕事へと出かけるとピカソは家で寝て、ジェイコブが家へと休みに帰ってくるとピカソは深夜中絵を描くことに没頭しました。寒すぎる夜には体を温めるために自らの作品を燃やさなければならなかったのだとか。この個人的な経験があったために、ピカソは貧しさや下流階級の人々を理解できるようになったといいます。

 

"Children Holding White Doves" (L’Enfant au Pigeon, 1901)

当時19歳だった1901年に、ピカソはこの作品をパリで描きました。ハトはピカソ作品によく描かれるモチーフで、彼が子供の頃でスペインのマラガにいた頃に見た、広場に集まる数えきれないほどのハトは彼の芸術に強く影響を与えた要素です。また、この絵には、柔らかく愛のあるタッチで、思い出として妹のコンチータを描いています。

 

Life (La Vie, 1903)

1903年、彼の憂鬱の頂点だったとも言えるこの時期に描かれた作品 "La Vie" は現在アメリカのクリーブランド美術館に展示されているものです。惨めで悲観的な印象をはっきりと与える印象の強い作品です。右側に描かれる母親と赤ちゃんからは全ての人生の重荷を表現しており、自分の目の前に立つ裸のカップルを見つめています。カサへマスをモデルとして左に描かれた男はわずかに手を上げて女性を指さしており、何かしらの疑い深さを表現しています。

 1904年にはピカソは若くして"Fernande Olivier"と呼ばれる美しい少女と結婚します。モンマルトルで恋に落ち、"Laundry boat(選択船)"と呼ばれる場所で同棲をし始めます。ここから以降がピカソの「バラ色の時代」と呼ばれ、1904年から1906年まで続きます。この時代はより詩的で、協調的な印象の作品が多く、憂鬱な表現とは違った、線の際立つ表情豊かな人々が描かれます。悲しい青色は消えていき、優しいピンクが多く使われるようになりました。多く描かれたモチーフはサーカスに出てくるアクロバット、道化師、女性のポートレイトなどです。


Fillette au panier de fleurs (1905)

今年の5月、この作品はアメリカニューヨークのオークションハウスChristieで1億1500万ドルで売られました。これはモンマルトルのストリートチャイルドを描いたもので、赤いポピーをかご一杯に入れた様子は、聖餐で使われる赤ワインとパインの象徴であり、イエス・キリストの体と血を表しています。

 

Acrobats Standing on the Ball (Acrobate à la boule, 1905)

ボールに乗った細身の女の子はたくましい身体を持つ男性と対照的に描かれています。荒れ果てた地の背景が惨めな環境で練習をしなければならないアクロバットの生活をうまく表現しています。

 

Jeune gar&cced

この作品はバラ色の時代の最後の傑作です。若い男の子が水を飲むために馬を引いています。

 

"Clown" (Le Fou, 1905) 

この青銅の彫刻は移動サーカスのピエロをよく表現しています。

 

O'BON PARIS NOTE

2018年の11月6日から2019年の1月27日まで。オルセー美術館はルノワールの特別展も同時開催しており、一緒に周ることをおすすめします。O'bon Parisのクーポンも忘れずに利用してくださいね。89%オフでパリの美術館を様々回れる2デイパスが購入できます。


原文 : Hanqi Li

撮影:Leona Fujii